ASEAN特許庁シンポジウム2019に参加しての印象

8/7(水)東京でASEAN特許庁シンポジウム2019が開催されました。

テーマは第4次産業革命と特許等についてASEAN諸国がどのような取り組をしているのかを各国の特許庁長官クラスの人たちにより、パネルディスカッション形式で行われました。

発表は3つのセッションに分かれて行われおり、以下のテーマでディスカッションがなされました。どのような趣旨で以下のような分類分けをしたか説明はありませんでしたが、どうやら進出している日本企業数の多い重要な国や知財整備の進展度に拠るところが大きいようです。

今回は、①セッション1「第4次産業革命と特許」について説明します。

①セッション1「第4次産業革命と特許」

 マレーシア知的財産公社 長官/フィリピン知的財産庁 長官/シンガポール知的財産庁 政策・協力部門長/タイ知的財産局 局長

②セッション2「スタートアップと知財施策」

 ブルネイ知的財産庁 長官/ミャンマー教育省研究革新局 副局長/ベトナム知的財産庁 副長官

③セッション3「知財の情報発信・普及啓発」

 カンボジア商業省 副大臣/カンボジア工業手工業工業局 副局長/インドネシア知的財産総局 総局長/ラオス知的財産局 局長

ところで、「第4次産業革命とは、18世紀末以降の水力や蒸気機関による工場の機械化である第1次産業革命、20世紀初頭の分業に基づく電力を用いた大量生産である第2次産業革命、1970年代初頭からの電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化である第3次産業革命に続く、次のようないくつかのコアとなる技術革新を指す。

一つ目はIoT及びビッグデータである。工場の機械の稼働状況から、交通、気象、個人の健康状況まで様々な情報がデータ化され、それらをネットワークでつなげてまとめ、これを解析・利用することで、新たな付加価値が生まれている。

二つ目はAIである。人間がコンピューターに対してあらかじめ分析上注目すべき要素を全て与えなくとも、コンピューター自らが学習し、一定の判断を行うことが可能となっている。加えて、従来のロボット技術も、更に複雑な作業が可能となっているほか、3Dプリンターの発展により、省スペースで複雑な工作物の製造も可能となっている。

こうした技術革新により、①大量生産・画一的サービス提供から個々にカスタマイズされた生産・サービスの提供、②既に存在している資源・資産の効率的な活用、③AIやロボットによる、従来人間によって行われていた労働の補助・代替などが可能となる。

企業などの生産者側からみれば、これまでの財・サービスの生産・提供の在り方が大きく変化し、生産の効率性が飛躍的に向上する可能性があるほか、消費者側からみれば、既存の財・サービスを今までよりも低価格で好きな時に適量購入できるだけでなく、潜在的に欲していた新しい財・サービスをも享受できることが期待される。」
出典:https://www5.cao.go.jp/keizai3/2016/0117nk/n16_2_1.html(内閣府ホームページ, 2017年1月) 

①セッション1「第4次産業革命と特許」

(マレーシア)
主要な国際条約への加盟は進んでおり、近い将来はマドリッド協定議定書1)、ブダペスト条約2)、マラケシュ条約3)に加盟予定。外国籍の特許出願では日本が最も多く、その中でも輸送関連や電機・エネルギー分野が多い。

 日本国特許庁からの支援などを受けつつ、第4次産業革命の環境を整備中。

今後の方針として、①第4次産業革命に関する取り組み強化を戦略的なものにするため、戦略パートナーとの協力を強化する。②知財の保護、知財や発明の商業化等に関する現行法の枠組みや政策の見直し。③第4次産業革命関連発明に対する権利を守るための高度な特許保護体制の整備。④人材育成強化。

1) マドリッド協定議定書
商標について、世界知的所有権機関(WIPO)国際事務局が管理する国際登録簿に国際登録を受けることにより、指定締約国においてその保護を確保できることを内容とする条約。

2) ブダペスト条約
特許手続上の微生物の国際寄託に関する条約で、各締約国において特許手続上、発明の実施可能要件を担保するために必要な微生物の寄託とみなされ、複数国へ出願する場合にも、微生物を国ごとに寄託することなく、自国内のーか所の国際寄託当局への寄託で済ますことができる。

3) マラケシュ条約
モロッコのマラケシュにおいて2013年6月28日に採択された、著作権などに関する国際条約。① 視覚障害者等の著作物利用の機会を促進するため、アクセシブルな複製物の製作、配布などに関する著作権法上の権利制限規定や例外規定などの整備。② 国境を越えて、アクセシブルな複製物の交換を可能とするための制度整備。③ 視覚障害者等の著作物利用の機会を促進するため、我が国の国際的な取り組みとして、途上国などへの支援等を通じた貢献 などをあげている。

(フィリピン)
特許審査官は検索や分類にAIと機械学習(ML)を採用したツール、データベース、プラットフォーム等を利用して特許サービスの向上を図っている。また、ICTやバイオテクノロジー分野の出願増加に対応してICT・バイオテクノロジー審査部門を新たに設置した。

 今後の方針として、①AI/ML機能を組み込みITシステムをアップグレードし、検索・審査プロセスをより効率化させる。②データ分析やビジネスインテリジェンスが戦略的なビジネスツールとして最適に活用されるようにする。③新しい動きに対応するように知的財産法の改正を提案。カスタマーサービスのAI/MLの利用を拡大し、24時間体制のサポートを提供。

(シンガポール)
シンガポール500企業の市場価値の80%は無形資産(IP,データ,営業上の秘密,ノウハウ)で構成される。2018年、世界経済の50%超(60兆米ドル)が無形資産の形で保有。世界のIP出願数は2015年から2017年にかけて年平均14%増加し、合計1,900万件に達した。世界全体のIPの利用収入額は過去15年間で3倍以上に増加し、3,000億米ドル超に達した。

 こうした世界状況に鑑み、3つの大きな第4次産業革命に対する柱を打ち出している。

①世界経済のスピードアップ(技術採用のテンポの加速、技術ライフサイクルの短縮)に対応するため、特許検索・審査のスピード化を図る。現在、シンガポールでは出願から12ヶ月で特許付与。これをAIとFINTECH4)の場合には6ヶ月で特許付与にする。

②持続可能な世界経済による生活の質の向上を図る。具体的には、気候変動に伴う再生可能エネルギーの発電所や省エネビルディングの建設、清浄な空気のためのAIにより輸送管理された電気自動車等、生態系保全のために漁獲割り当ての自動化や受粉へのマイクロドローンの利用、そして水の安全保障のために干ばつの予測や家庭用スマートメーターの導入などに取り組んでいる。

③第4次産業革命による世界経済の共有。Airbnb‎(世界最大級の宿泊予約サイト)の利用により、夏季におけるシンガポールの来訪者が2010年に4万7,000人であったのが、2017年には353倍の1,700万人に増加。Grab(スマホで操作するだけで車やタクシーを呼ぶことができ、自由に旅ができる配車アプリ)の利用者数が、ダウンロード件数4,500万件、1日の乗車数250万回、東南アジアの55都市をカバー。

これらより、新興技術による商品・サービス、情報へのアクセスが拡大した。そして有形と無形の両方の資産が共有化しているのが、現在の経済の姿である。

4) FINTECH
FINTECHとは、金融を意味する「ファイナンス(Finance)」と、技術を意味する「テクノロジー(Technology)」を組み合わせた造語。例えば、資金の貸し手と借り手を直接つないだり、Eコマースと結びついた決済サービスを提供する場合や、ベンチャー企業が決済などの金融サービスに参入する動きも増えている。
また、これまで金融サービスが十分普及していなかった途上国や新興国でも、スマートフォンを利用した金融サービスが急速に広がる動きが進んでいる。

(タイ)
冒頭、これまでの海外企業等におけるタイ社会・経済への影響について、タイは一種の罠にはまってきたことを主張していました。そういう意味で、こうした罠からの解放がタイの第4次産業革命での取り組みとなるそうで、以下に4つの経済課題からの解放を主張していた。

①イノベーション、技術、創造性による価値創造経済の創出、②包括的社会福祉の創造、③人材価値の21世紀の有能な人材へのアップグレード、④環境保全と経済成長の保証。

以上が、今回のシンポジウムの一部の紹介ですが、やはり注目すべきなのはシンガポールの取り組みが戦略的で突出しているということです。ほとんどのASEAN諸国が日本から勉強中という姿勢であるのに対して、シンガポールは世界の潮流をうまく利用してスマートに発展してきているという印象です。

今後もシンガポールの動向には目が離せないという印象をもってシンポジウムから帰ってきました。

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